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それから、表現者として生きていく以上、本来は人間性を誉めていただける喜びよりも、意地悪な役をやった時に「酒井若菜大っ嫌い」って言われた時に感じる喜びを持っていなければなりません。でも、ブログを続けていくうちに、いつからか私自身を誉めてもらいたい気持ちが強くなってしまいました(誉められて伸びるタイプなので)。

それから、例えば役がしっくりこなかった時や、何かしらが上手くいかなかったた時、ブログという場所があると簡単に言い訳ができてしまうわけで、私達はあくまでも皆さんに提供をする側の人間なので、しっくりこないとか納得いかないものはプロとして絶対にお客さんに見せてはいけないわけで、つまり結果=成功しかありえないわけで、だから「こんなことを乗り越えて、最高なものを作ったよ」ならいいけれど、単なる言い訳に対する理解をみなさんに求めるのは非常におかしな話であり、ルールに反している気がしてならないのです。 勿論私は、弱音や言い訳などは極力避けてきたつもりです。 ただ、一般的な感覚として、ブログというもの自体の概念が弱冠変わってきたように感じられる現状があるのもまた事実です。それは、他のタレントさんのブログを読んで私が一方的に感じたことでもあり、失礼な言い方ですが「ちゃんとしろよ芸能人」と思ってしまう器の小さな自分に「うわ、私は何様のつもりなんだ」とひいてしまったりもするわけで、でも一方で、ちゃんと「表現者」を全うされてるかたのブログを拝見すると、私はまだまだ「ちゃんとしろ」側の人間でしかいられていないことに気づかされ、自分を恥じるのです。要するに、タレントが読者のかたに救いを求め過ぎている感が否めない今のブログ界(の一部)に、妙な違和感を抱いてしまったのです。だから今の芸能界にはスターが少ないんだ、と。

酒井若菜診断室★リターンズ★ -FREAK-WEB- » ハッピーエンドが好きな私

午後 11:56